梶研究室

「アダマンタン置換」塗布成膜可能、高い熱安定性、深い青色発光、高効率という特性を兼ね備えた有機EL発光材料の開発に成功

本成果は、2018年1月9日(火)に国際学術雑誌Advanced MaterialsにEarly View Articleとしてオンライン公開されました。

 京都大学化学研究所 梶弘典教授、和田啓幹氏(大学院生)、久保勝誠氏(大学院生)のグループは、アダマンタン置換というシンプルなコンセプトにより、塗布成膜に十分な溶解性、熱物性の飛躍的な向上、深い青色発光、および、高い発光効率という、塗布系深青色有機ELデバイスの高性能化に必要な要素をすべて同時に向上させることが可能な新規材料群の設計・合成およびデバイス化に成功しました。

概要
 従来、ディスプレイに用いられていたブラウン管はほぼすべて液晶に取って替わられていますが、現在、さらに有機ELへの展開が急速に進みつつあります。2017年、ソニー、東芝、パナソニック、LGディスプレイといった会社から55から77インチといった大型の有機ELテレビが広く販売されるとともに、Appleから有機ELを搭載したiPhone X、Apple Watchなど中小型ディスプレイに関しても大きな展開を見せており、今後、さらなる実用化への大きな進展が期待されます。
 これらのディスプレイ、さらには照明への実用化には、青色、緑色、赤色の、三原色を発する発光性有機分子およびそれを用いた素子の開発と高性能化が必須です。なかでも、高性能発光材料の開発は、有機EL素子の高特性化において極めて重要であり、我々も、高い外部量子収率(EQE)を有する「緑色」および「青色」有機EL素子の開発を行ってきました[1,2]。これらの開発においては、近年、新たに開発された熱活性化型遅延蛍光(TADF)材料 [3]を用いています。このTADF系有機EL素子は、従来の蛍光系有機ELよりも遙かに高性能であり、また、りん光系のようにイリジウム(Ir)や白金(Pt)といった資源偏在の問題がある元素を含まない、普遍的に存在している元素のみから構成可能な分子であるという点で、大きな注目を集めています。

図1(左図):今回開発した有機EL材料(MA-TA, FA-TA, PA-TA)の分子構造とそれらを用いた有機EL素子の発光の様子。
(右図):CIE座標における位置づけ。従来の材料(MA-TRZ)と比べて、大幅にブルーシフトし、深青色が得られている。

その中で、現在、高特性な深い青色を示す有機EL素子の開発が困難を極めており、取り組むべき重要な課題となっています。今回、我々は、MA-TA, FA-TA, PA-TAと名付けた材料(図1)においてアダマンタンという置換基を導入するだけで、塗布成膜性、高い熱安定性、深い青色発光、高い外部量子収率という、塗布系深青色有機EL素子の高性能化に必要な要素を同時にすべて大幅に向上させることに成功しました(図1、表1)。様々な溶媒への溶解性が向上したことにより、ハロゲンを含んだ溶媒を用いる必要がなく、環境負荷を低減させることが可能であるとともに、塗布系有機EL素子においても積層化を可能としています。また、耐熱性の向上により、素子の長寿命化が期待されます。さらに、希少な元素、高価な元素を用いることなく、炭素、窒素、水素のみから構成される分子で高特性を実現しています。発光波長はそれぞれ465, 454, 448 nm、CIE座標としては(x, y)=(0.15, 0.19),(0.15, 0.13),(0.15, 0.10)と従来に比べて深い青色を発現しています。特に、MA-TA、FA-TAは、青色の深さの指標であるCIE y座標が0.2および0.15以下の塗布系TADF材料としては現在、世界最高の外部量子収率を実現しています。
 今回、我々は大きな成果を得ることができましたが、表1からわかるように、より深い青色になるにつれ、EQEが低下していることが明確です。今後、この問題を解決すべく、さらなる挑戦を進めます。一方、上記の通り、多岐にわたる高性能化を同時に実現することを可能にしたアダマンタン置換は、今後、さらなる高性能化をもたらす新たなアプローチとして、有機ELはもとより、様々な分野において大きな波及効果を与えることが期待されます。
表1:今回、新規に開発したTADF材料(MA-TA, FA-TA, PA-TA)と従来の材料(MA-TRZ)との比較。

a) EL駆動時の値 b) 素子の構造が他の3つと異なるため、EQEは記載せず。

参考文献

[1] Kaji, H., Suzuki, H., Fukushima, T., Shizu, K., Suzuki, K., Kubo, S., Komino, T., Oiwa, H., Suzuki, F., Wakamiya, A., Murata, Y. & Adachi, C., Purely organic electroluminescent material realizing 100% conversion from electricity to light, Nature Communications, 6, 8476 (2015).

[2] Miwa, T., Kubo, S., Shizu, K., Komino, T., Adachi, C. & Kaji, H., Blue organic light-emitting diodes realizing external quantum efficiency over 25% using thermally activated delayed fluorescence emitters, Scientific Reports, 7, 284 (2017).

[3] Uoyama, H., Goushi, K., Shizu, K., Nomura, H. & Adachi, C., Highly efficient organic light-emitting diodes from delayed fluorescence, Nature, 492, 234 (2012).


研究プロジェクトについて
 本研究は、JSPS科研費 17H01231(基盤研究(A))、17J09631(特別研究員奨励費)の助成を受けたものです。また、京都大学化学研究所 国際共同利用・共同研究拠点のスーパーコンピュータシステム、800MHz NMRをはじめとする各種NMR装置、およびよび各種X線回折装置を利用しました。

●用語解説●

有機EL: 電界を印加することよる発光をエレクトロルミネッセンス(EL)という。特に、有機物質が発光する場合、有機ELと呼ぶ。

 

外部量子収率(External Quantum Efficiency, EQE): 素子に注入された電子と正孔の数に対する、素子外部まで取り出すことができた光子(フォトン)の数。素子の効率を表す重要な指標の一つで、その理論限界は20~30%と言われている。

 

熱活性化型遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence, TADF)材料: 通常起こらない三重項励起子から一重項励起子への変換を経由して発光する材料。熱により活性化され、また、通常の蛍光材料よりも長い蛍光寿命を示すため、熱活性化型遅延蛍光材料と呼ばれる。その高いポテンシャルのために、有機ELの発光材料として最近特に注目され、基礎面でも応用面でも活発な研究が進められている。

 

CIE座標: 色を定量的に表す体系の一つ。国際照明委員会(Commission internationale de l’eclairage, CIE)により開発されたもので、広く使用されている。

 

励起子: 電子と正孔がペアになったものを励起子と呼ぶ。励起子には一重項励起子と三重項励起子の2種があり、一重項励起子からは蛍光が得られる一方、三重項励起子からはイリジウムや白金が存在する場合など特殊な状況を除き、通常、熱として失活してしまう。

Yoshimasa Wada, Shosei Kubo and Hironori Kaji, Adamantyl substitution strategy for realizing solution-processable thermally-stable deep-blue thermally activated delayed fluorescence materials, Advanced Materials, DOI:10.1002/adma.201705641 (2018).
(First published: 9 January 2018)